名古屋地方裁判所 昭和31年(ヨ)819号 判決 1958年3月27日
申請人 牧野文夫
被申請人 東洋レーヨン株式会社
主文
本件申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実
申請人訴訟代理人は、被申請人が申請人に対し昭和三十一年九月十七日になしたる懲戒解雇の意思表示の効力を停止する。被申請人は申請人に対し昭和三十一年九月十八日以降本案判決確定に至る迄一ケ月毎に金八千七百円をその月末に支払え、訴訟費用は被申請人の負担とする、との判決を求め、申請の理由として、
(一) 申請人は被申請人会社の名古屋市西区堀越町二百三十八番地に在る愛知工場の従業員である処、昭和三十一年九月十七日作業怠慢のためとの理由で懲戒解雇の言渡を受けた。しかしながら右懲戒解雇は左の理由で無効である。
(1) 申請人には右懲戒解雇の理由である作業怠慢という事実はないから本件解雇は無効である。
(2) 仮に、申請人に懲戒解雇の理由があつたとしても、被申請人会社愛知工場の就業規則第百五条第五号には「懲戒解雇は労働基準監督署長の認定を受けて予告期間を設けず予告手当を与えないで解雇する」との規定があるにも拘らず、本件懲戒解雇は労働基準監督署長の認定を受けないでなされたものである。従つて右手続規定に違反してなされた本件解雇は無効である。
(3) 本件解雇は申請人が労働組合活動に熱心であり又共産主義的思想を抱いているということを理由になされたものであり、かかる解雇は労働組合法、労働基準法に違反するものとして無効である。
(二) 而して、申請人は本件解雇言渡当時平均賃金一ケ月金一万四千五百円を支給されていたものである処、申請人は労働者で財産もなく本案判決を待つては回復すべからざる損害を受ける虞がある。仍つて本件解雇の意思表示の効力を停止し、且つ被申請人は申請人に対し昭和三十一年九月十八日以降本案判決確定に至る迄前記平均賃金の六割に相当する金八千七百円を毎月その末日迄に支払えとの仮処分命令を求めると述べ、
(三) 被申請人の主張に対して、
(1) 申請人が勤務に関する手続を怠り、勤務怠慢著しく作業の成績態度極めて不良であつた、との点は否認する。申請人は昭和二十六年七月九日入社以来本件解雇迄同時頃に入社した西条昭二、押田進、小林伊三郎、広瀬努に比較して基本給が高く、又ゼット検査組立作業は紡糸掛中重要度の高い職種で、申請人はこの作業に四年九ケ月も従事していたものであり、かかる長期間これに従事していた者は稀であつて、かかる事実は被申請人の主張の理由のないことを示すものである。
(2) 作業時間中無断で職場を屡々離れ、職場規律を乱し、他の従業員に甚しく悪影響を及ぼし且つ被申請人会社工場の作業に著しき支障を生ぜしめたとの点は否認する。
(イ) 職場離脱の点について、
ゼット入荷検査は一ミリの十万分の一という精度で計算され検査するものであり、普通ゼットには径〇、二五ミリ乃至〇、五ミリの孔が十五乃至三十四ありこれを顕微鏡によつて直接電球の反射鏡による反射照明下にて検査するため、十数箇のゼットを続けて検査すると視力、頭脳の疲労度も著しく、上司である村藤伍長も常々「一時間検査したら十分や二十分の休息は必要だ」と云つていたこともあり、申請人は暇の時は喫煙室に行つたことはある、昭和二十九年十一月五日の三時間二十分の職場離脱は申請人に記憶のないところであり、検査は北ゼット室で分解洗滌されたゼットが七十米位離れた南ゼット室で行われるので、かかる工程上洗滌不充分、員数不明確、記録等に関して北ゼット室に出向く機会が多く、また便所、喫煙室、現場事務所に行くこともあり、斯様な場合上司の届出と許可は慣例上厳密に行われていないのである。
なお、昭和三十年夏目片第二紡糸掛長は三雲前掛長が転勤の際、同人宅に申請人外四名を勤務時間中午前九時より十二時迄連行し庭の芝生を目片掛長宅に移植せしめたこともあり又申請人は昭和二十九年十月頃より同三十年七月頃迄屡々立岡労務掛長より昼食時又は就業時間中に思想関係調査のため呼出を受け現場を離れることがあつたが、かかる場合は右立岡より村藤伍長に連絡があつたものと考え同伍長の許可を受けなかつたのであるが、被申請人の云う職場離脱の中にはこれらも入つているのである。又夜勤々務中は便所、喫煙室、現場事務所に行く時は南ゼット室の梶村に用件を告げて職場を離れていた。
(ロ) 職場規律を乱したとの点について、
申請人が勤務時間中に「週刊朝日」を読んだこと、五目並べをしたこと、落書帳を作成したことはいずれも認めるが、「週刊朝日」は、ゼット分解室で作業が一段落して暇になつた時偶々机の上にあつた同僚広瀬努のものを読んだのであつて被申請人会社の業務を阻害するものでない、又五目並べは、午前一時から二時頃迄の間睡魔に襲われる時刻になしたのであり、ゼット交換の作業は一時間二箇乃至三箇のゼット交換を作業員二名で行うので五目並べは何等被申請人会社の業務に懲戒解雇に値する損害を与えるものではない。次に落書帳作成の件は、労働組合教宣部が落書運動を実行することとなり申請人は教宣部委員であつた関係上落書用ノート三冊を各喫煙室に配備し、組合員に記入を依頼したが、このことは被申請人会社の業務に支障を来たしたことはなく、労働組合の情報や機関紙配布等は勤務に支障を来たさない限り就業時間中に行われる慣例があるのに鑑みても被申請人の主張は理由がない。
(3) 事業上の規定に違反し、職務上の指示命令に不当に従わず、却つてこれに反抗して事業上の秩序を乱し、然も改悛の情が全然認められなかつた、との点は否認する。申請人が被申請人主張の日時に配置替の命令を受けたことは認めるが申請人が、これに対し反抗的態度をとつたことはない。唯々申請人の下宿は夜勤の場合には日中周辺の環境が睡眠、休息に不適当であること、下宿先には日勤の約束で借受けたこと、申請人が生来頑健でなく夜勤は避けたいこと等を岡崎玄蔵主任に訴えて日勤々務を願い出でたのであるが拒否され申請人は直ちに右命令に従つたのである。次に「週刊朝日」の件について立岡掛長より訓戒を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(4) 申請人が解雇予告手当を受取つたことは認めるが、本件解雇を承認して受取つたものではない、と述べ、更に
(四) 本件解雇は、申請人が前記週刊朝日を読んでいたこと及び五目並べをしていたことの二点につき、被申請人会社の賞罰委員会に附議され承認されたのであつて、仮に右二点の事実が懲戒に値したとしても解雇、降給、出勤停止、減給、譴責(就業規則第百五条)のうち譴責に値する程度のものであつて、右二点を理由に懲戒解雇することは懲戒権の濫用であると述べた。(疎明省略)
被申請人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
(一) 申請人主張の事実中、申請人が被申請人会社愛知工場の従業員である処、申請人主張の日時に作業怠慢のためとの理由で懲戒解雇の云渡を受けたこと(但し、作業怠慢のみの理由で解雇の云渡をしたのではない)申請人主張の就業規則第百五条第五号にその主張の如き定めがあること、本件解雇が労働基準監督署長の認定を受けないでなされたこと、はいずれも認めるが、その余の事実は全部否認すると述べ、
主張として、
(二) 本件解雇は、申請人に就業規則第百七条第九号、第十八号、第百六条第二号乃至第四号第十五号第十九号、労働協約第三十二条第九号、第十八号、第三十三条第二号乃至第四号、第十五号、労働基準法第二十条第一項但書後段に該当する左記の事由があつたことを理由としてなされたものである。
(1) 勤務に関する手続を故意に怠り、勤務怠慢著しく、作業の成績態度極めて不良であつた。
申請人は昭和二十六年七月九日被申請人会社に入社し、当初愛知工場元後処理課後処理掛として勤務し、昭和二十九年一月六日第一製糸課紡糸掛に配置替となり、以来ナイロン紡出の際使用するゼット(口金)の検査組立業務に従事していたものであるが、その作業成績は芳しくなく、作業態度に表裏があり且つムラが多く、昭和二十八年以降の作業日誌に記載されたものだけでも、台帳記録不完全、台帳整理不充分、検査不完全、新規転入者に対する教育指導不充分、ゼット保管不充分、記録間違、検査室においての雑談、無断現場離脱等勤務に関する手続を故意に怠り、勤務怠慢著しきものと認められる事故が頻発しているのであつて、その都度上司から注意を受けているのに拘らず依然として作業態度改めず、作業成績も向上しない。
(2) 作業時間中無断で職場を屡離れ、職場規律を乱し、他の従業員に甚しく悪影響を及ぼし且つ被申請会社工場の作業に著しき支障を生ぜしめた。その具体的事実は次の通りである。
(イ) 昭和二十九年十月七日頃申請人は、第二製糸課紡糸掛の現場に出向いて「ゼット」の入荷検査に従事することが多かつたが、当時無断で屡右現場を離れて休憩室等において長時間に亘り雑談していることが現認せられ、その都度申請人の職場を担当する伍長村藤義昭から注意されたが、申請人は依然無断で職場離脱を繰返し、偶々同年十一月五日における申請人の職場離脱時間を調査したところ、午前八時より午後四時四十五分迄(休憩時間四十五分間を除く)の実働時間中三時間二十分に亘つて職場を離脱していた。このため第二製糸課においては作業上に支障を来し、他の従業員にも悪影響を及ぼすので、同課の現場主任小林勝、班長心得船見喜義から第一製糸課の村藤伍長に屡苦情を申込まれ、被申請会社において止むなく入荷検査を第二製糸課において担当することに措置せざるを得なかつたのである、更に昭和三十一年七月下旬頃にも夜勤々務中度々無断で職場を離れ、そのため「ゼット」交換作業に支障を生ぜしめたことが何回もあつた。
(ロ) 昭和三十一年六月七日申請人は勤務時間中に作業を怠り、雑誌「週刊朝日」を読んでいて労務掛長立岡精一に発見され注意を受け、又同年七月二十三日頃から同月三十日頃まで約一週間に亘り毎晩勤務時間中に約一時間乃至二時間同僚梶村敏之と屡五目並べをしており、その後同年八月十八日迄の間においても度々右同様五目並べをしていた。更に労働組合の落書帳と称する一種の投稿を作成することは勤務時間外に限る旨の定めがあるのに申請人は屡勤務時間中に之を作成していたことがあつた。
(3) 事業上の規定に違反し、職務上の指示、命令に不当に従わず却つてこれに反抗して事業上の秩序を乱し、然も改悛の情が全然認められなかつた。
申請人の前記(1)(2)の勤務不良は数年の長期に亘り且つ屡反覆されたのであるが、被申請人会社としてはその都度上司から注意乃至指示を与えてその飜意を促して来たのである。然るに申請人には自己の態度を改めようとせず、却つて反抗的態度に出たのである。例えば、
(イ) 昭和三十一年四月二十四日紡糸掛業務の都合上同掛において一部人員の異動配置替を行う必要が生じた際、紡糸掛主任会議において、申請人に対し自発的にその勤務状態の改善を期待するため、申請人を日勤D組管轄下の三交替勤務のゼット受渡係のC組の地位に就けることを決定し、日勤主任から申請人に対し右異動の趣旨を告げて南ゼット室の責任者として勤務するよう指示を与えた。然るに申請人は右指示に対し自分勝手な理由を挙げてこれを拒否する態度に出て、その際上司岡崎玄蔵の説得に対しても「不当労働行為だ」「人権蹂躙だ」などと反駁して、反抗的な態度であつた。
(ロ) 又前記((2)の(ロ))勤務時間中に雑誌「週刊朝日」を読んでいたことについて、労務掛長が申請人に注意を与えた際にも申請人は「何も週刊朝日を読んでいるのは私一人ではない、他の人も読んでいるではないか」とか「週刊朝日を読むと色々の教育的関係の記事も載つているから、自分の職務上にも役立つことが多い」などと詭弁を弄し、些かの反省の色も見受けられず、却つて反抗的態度を示していた。而して被申請人会社は、これを直ちに問題とすることなく単に労働組合の渡辺執行委員長に依頼し同委員長から訓戒を与えるに止めた。然るに申請人は右訓戒を受けても何等反省せず、右訓戒の直後現場の掛長から「勤務時間中に現場を離れる場合には所属長の許可を受けて貰いたい」旨注意された際に、腕組をした儘「労務掛長から呼ばれたのであるから一々許可を受ける必要はない」と反抗的態度で答えた。
(ハ) 更に同年七月下旬頃には勤務時間中に職場においてチョークを使用して碁石を作り、前記((2)の(ロ))如く勤務時間中五目並べをなし、伍長丸山隆一から注意を受けても一時的に中止するのみでその翌日頃には再びこれを続行し、同年八月十八日午前一時三十分頃右丸山伍長の代理広瀬努に発見された際には「夜勤はこんなものだ」などと放言して、その儒五目並べを継続するの挙に出ていたのである。
以上の如く申請人には改悛の情が認められず、且つ将来においても右の態度を改めることは到底期待できず、この儘放置するにおいては職場規律を益々乱し、他の従業員に悪影響を及ぼすことは極めて明瞭であつた。
(三) 以上の如く本件解雇は、申請人に就業規則及び労働協約所定の懲戒事由があつたことを理由として、これらの規定を正当に適用してなされたものであるから、その有効であること勿論である。
而して被申請人会社は昭和三十一年九月十五日労働協約第三十条に基き会社、組合夫々同数の委員をもつて構成する工場賞罰委員会を開催し申請人の処置について諮問したところ、満場一致を以て、申請人を懲戒解雇となす旨議決され、同年九月十七日被申請人は申請人に対し右解雇の意思表示をなし且つ解雇予告手当として一ケ月分の平均賃金を提供したところ、申請人は右申請の趣旨を諒解し異議を止めずこれを受領し、然も右賞罰委員会の議決に対し三日以内に再審査の請求をなし得るのにこれをしなかつたのである。
なお、申請人は、本件解雇は労働基準監督署長の認定を受けていないので無効であると主張しているが、元来労働基準監督署長の認定制度は、使用者が解雇をなすに当り、自己の恣意的な判断に基いて即時解雇に値する解雇理由ありとして、不当に平均賃金の支払を拒否しようとするのを防止するためであつて、これによつて使用者を指導監督し、以つて労働者の保護を図ることが目的である。従つてこの認定は懲戒解雇の効力発生要件ではない、このことは就業規則に申請人主張の如き規定が存する本件解雇においても異るところはない。従つて本件解雇はいずれの点から見ても有効であるから、本件仮処分申請は全く理由がない、と述べ、
(四) 申請人の主張((三)及び(四))に対して、被申請人の前記主張に反するところはすべて争うと述べた。(疎明省略)
理由
申請人が被申請人会社愛知工場の従業員であるところ、被申請人は申請人に対し昭和三十一年九月十七日懲戒解雇の云渡をなしたことは、当事者間に争いがない。
而して、成立に争いなき甲第一号証及び乙第一号証によれば、被申請人が右解雇の根拠として主張する就業規則並びに労働協約には懲戒解雇の基準として(本件に関連ある部分のみ)
就業規則第百七条第九号、労働協約第三十二条第九号「事業場の規定に違反し職務上の指示命令に従わず、又は事業場の秩序をみだしたとき」、就業規則第百七条第十八号「第百六条各号に該当しその情が重いとき」、労働協約第三十二条第十八号「第三十三条各号に該当しその情が重いとき」、就業規則第百六条第二号、労働協約第三十三条第二号「勤務に関する手続その他の届出を故意に怠り又は詐つたとき」、右各同条第三号「勤務怠慢著しく素行不良のとき」、右各同条第四号「作業時間中無断で持場をはなれたとき」、右各同条第十九号「その他前各号に準ずる行為のあつたとき」と、夫々定められていることが認められる。
(一) 申請人は、本件解雇は、懲戒解雇の事由なくしてなされたものであるから無効であると主張しているので、申請人に被申請人主張の如き懲戒解雇の事由があつたか否かにつき以下判断する。
申請人が昭和二十六年七月九日被申請人会社に入社し、当初愛知工場元後処理課後処理掛として勤務し、昭和二十九年一月六日第一製糸課紡糸掛に配置替となりナイロン紡出の際使用するゼットの検査組立業務に従事していたこと、ゼットの入荷検査は第二製糸課紡糸掛に出向いて検査することになつていたため申請人は同掛に行くことが多かつたこと、申請人が昭和三十一年四月二十四日日勤D組管轄下の三交替勤務のゼット受渡係のC組に配置替となつたこと、申請人が昭和三十一年六月七日勤務時間中に雑誌「週刊朝日」を読んでいたこと、及び労務掛長よりこれにつき訓戒を受けたこと、並びに同年七月十三日より同年八月十八日頃迄の間に勤務時間中一時間乃至二時間に亘り同僚梶村敏之と五目並べをなしたことはいずれも当事者間において争いなく又は明らかに争いなきところである。
而して、当裁判所が成立を認める乙第七乃至第十八号証、証人目片清亮の証言に依り成立を認める乙第六号証並びに証人目片清亮、同立岡精一の各証言を綜合すると、申請人は前記第一製糸課紡糸掛にてゼットの検査組立工として勤務中において、仕事に積極性なく、他の妨げとなる程に喋り過ぎること多く、休憩時間後直ちに就業せず或いは作業時間中に職場を離れること稀でなくして上司より再三注意を受け、殊に前記第二製糸課紡糸掛に出向いてゼットの入荷検査に従事するに当つても喋り廻つたり屡職場を離れ同僚を誘い休憩室において雑談に耽つたりして同職場の作業に支障を生ぜしめ注意を受けるも改める様子がないので被申請人をしてやむなく昭和二十九年十月下旬頃より右入荷検査を専ら第二製糸課において担当する措置をとらしむるに至り、その後も申請人の勤務振は依然たるものがあつて甚しきは同年十一月五日には午前九時より四十分間、同九時五十五分より四十分間、同十時四十分より三十五分間、午後二時十五より十分間、同二時三十五分より十五分間、同三時より三十分間、同四時十分より二十五分間、同四時十分より二十五分間、合計三時間二十分(実働時間八時間中)に亘り無断で職場を離れており、かくして日も打過ぎ昭和三十一年四月に入り被申請人において一伍長の欠員を生じて人員の配置替の必要が生じその際申請人の所属についても上司等間に意見が交され従来の日勤よりABC三組三交替の編成に組入れるべく諮られたが各組主任共申請人の勤務不良のためその組下とすることを嫌い、種々協議の末勤務年限も考慮しこの際むしろ申請人を責任者クラスと目される日勤D組の所属となつている三交替勤務のゼット受渡係のC組に就けることに決し、これによつて申請人の自覚を促すべく期待していたところ、申請人は右受渡係となつてからも右期待に副わず休憩時間長く、職場を離れることも改まらずゼットの交換が遅れること一再でなく同年七月下旬頃紡出係より紡出作業に支障を来すとて申請人の上司に苦情が申込まれる有様であつて上司の注意も空しく、その前後、前記労務掛長立岡精一から「週刊朝日」を読んでいたことにつき訓戒を受けた際、同掛長に対し「勤務時間中に週刊朝日を読んでも悪いことではない、P・W・I等仕事上参考になることが書いてあるから構わないではないか」との旨の反抗的言辞を弄して何等反省する態度も認められず、又前示五目並べをしたことにつき上司である伍長丸山隆一から五目並べをしないよう注意を受けたにも拘らず一時的に中止するのみでその翌日頃には再び五目並べをなし、更に同年八月十八日午前一時三十分前頃右丸山伍長の代理広瀬努に五目並べをしていたところを発見された際に同人に対し「夜勤はこんなものだ」と放言して省みないことが認められる。
申請人は前記ゼット入荷検査はその作業の性質上休息が必要であつて、かかる場合上司の許可は慣例上厳密に行われていなかつたと主張し右事実は申請人本人訊問の結果に依りこれを認めることができるのであるが、前記乙号各証によれば申請人の休息はその程度を著しく超えるものであると認められ、申請人において特に右程度の休息を必要とする正当な理由があつたことは認められない。
又申請人本人訊問の結果によれば、右「週刊朝日」の件については申請人が比較的作業が暇であつた時に偶々作業室にあつた他人の「週刊朝日」を読んでいたものであること、又右五目並べの件は、右同様作業の暇の折に、申請人の作業室に従前より在つた碁盤と碁石(但し、白石の不足分は申請人がチョークで作る。)を使用し、同僚梶村を誘つて五目並べをなしたことが夫々認められ、この二つの事実のみを捉えては直ちに懲戒解雇に値する程の事由とは認められない。
然しながら、前示認定した如き申請人の勤務態度は、職場離脱として就業規則第百七条第十八号第百六条第四号労働協約第三十二条第十八号第三十三条第四号に各該当し、且又職務上の指示、命令に不当に従わず、却つてこれに反抗して事業上の秩序を乱したものとして就業規則第百七条第九号、労働協約第三十二条第九号に各該当し懲戒解雇の事由たるものと云わねばならない。
(二) 申請人は、本件解雇の懲戒権の濫用である旨主張しているが、前示認定の如き次第なれば本件解雇の云渡は職場秩序維持のためやむを得ないものと云うべく、申請人の右主張は採用することはできない。
(三) 次に申請人は、本件解雇は申請人が労働組合活動に熱心であり又共産主義的思想を抱いているということを理由になされたものであるから労働組合法労働基準法に違反し無効である旨主張しているので判断するに、証人宮崎定雄の証言によれば申請人が比較的組合活動に熱心であつたことが認められるが、被申請人において特に申請人の組合活動を嫌つていた事情その他不当労働行為を推認し得るに足る疎明がない。従つて、この点についての申請人の主張は理由がない。
つぎに、証人松下秀吉の証言により真正に成立したと認むべき甲第十三号証及び同証人の証言並びに申請人本人訊問の結果によれば、被申請人において申請人が共産党員又はその同調者であると認め、申請人の言動について強い関心を以つて観察していたことが認められるが、このことが本件解雇言渡の動因をなしたものとは申請人の全疎明に依つても未だ認められず従つて、この点についての申請人の主張も亦理由がない。
(四) 次に申請人は、本件解雇は被申請人会社の就業規則第百五条第五号の規定に違反しなされたものであるから無効である旨主張しているので判断するに、右就業規則第百五条第五号に「懲戒解雇は労働基準監督署長の認定を受けて予告期間を設けず予告手当を与えないで解雇する」との規定があること、及び本件解雇は労働基準監督署長の認定を受けずしてなされたものであることは当事者間において争いなきところである。
而して、右就業規則の規定が、労働基準監督署長の認定を以つて懲戒解雇の効力発生要件として定めたものでないことは規定自体に徴しても明らかである。即ち、右規定は予告期間の設定乃至予告手当の支給について使用者側の恣意的判断を排除するために設けられた労働基準法第二十条第三項の公法上の義務を就業規則上において使用者の義務として亦定めたものであつて之あるがため解雇の効力を左右するものとは解せられないから申請人の右主張は理由がない。
(五) 然らば、本件解雇は一応有効であると云うべきであるから本件仮申請は失当として却下すべきである。
よつて、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西川力一 矢崎健 浪川道男)